【あの人どこか抜けてる?】自分らしく生きることは変に見られること

先日道を歩いていたら、車に乗っている少し変わったおじさんに出会いました。

そのおじさんは僕が歩いていたら、車を止めて道を譲ってくれました。
「どうぞ」のジェスチャーをみた僕は、少し早足でその人の車を横切りました。

しかし横切る最中にふとそのおじさんの手を見てみると、手の形が少しおかしかったのです。



ん??


くれとむ

手が「どうぞ」の形じゃない!!
地獄先生ぬ〜べ〜の鬼の手みたいになってる!!

©1993/原作:真倉翔・作画:岡野剛/地獄先生ぬ〜べ〜


普通は掌を上に向けて、「どうぞ」って合図するのに、あの日のおじさんは掌を自分の方に向けてすこし中二病っぽいポーズで僕に道を譲ってくれました。

くれとむ

最初は独特なおじさんだな〜と思いました。


でもよくよく考えてみるとおじさんはわざと独特な手の形をして道を譲ってくれたんじゃなくて、手の形が変になるくらい他のことで頭がいっぱいだったんじゃないかと思いました。

あのおじさんは頭の中で、「今日の夜ご飯何食べようか」、「家に帰ったら昨日録画したテレビをみよう」、「偶然見かけた猫が可愛かったな〜」など自分の意識に没頭していたのかもしれません。

もしそうであれば、道を譲るときの手の形なんて意識の片隅にちょこんとある程度でしょうから、手の形がおかしくなってもなんら不思議ではありません。
(もちろん運転に支障をきたすほどボーッとするのではなく、安全に気を使いながらも自分の好きなことに集中していたのだと思います。)


あのおじさんの脳内は妄想でいっぱいだったんだな〜と思うと、変なおじさんが僕の中で魅力的なおじさんに大変身しました。
なぜなら頭の中を自分の妄想で満たせるということは、想像力があるということだからです。

僕は想像力がある人が好きです。


だって想像力の豊かな人は、自分自身が楽しく生きるために役立つだけでなく、人に優しくできたりユーモアで人を笑わせたりすることができる人だからです。
そして何より自分らしく生きるためには、この想像力が必要不可欠です。


ただ想像力が豊かな人は自分の頭の中が妄想や自分の好きなことで満たすことができる反面、時々変に思われる行動を取ってしまうこともあります。
道を譲るときの手の形が変だったり、自転車に乗りながら気持ちよさそうに歌を熱唱していたり、はたまた歩きながら奇妙なダンスを踊っていたり。

くれとむ

要は自分の世界に没頭していて、周りにどう見られようと気にしていない人たちです。


そういう人たちって一見するとおかしな人に見えるかもしれませんが、自分の楽しと思えることを周りの目を気にせず楽しめるってスゴイ才能ですよね。
そして僕はあの日の出来事から、こう思うようになりました。

くれとむ

自分らしく生きることは人に変に見られる勇気がいることなんだな。


氷山の一角とその下に埋まっている意識

人間が普段意識している思考は氷山の一角ってよく言われます。
そしてその一角では、周りからの視線や人に迷惑をかけないようにしなきゃという気持ちが働いていて、人は常にこれらを意識して生活することで周りに変な人だと思われないようにしているのだと思います。

しかしこの一角の部分に意識を向けすぎるのは、あまり良くないと思っています。
周りの目を気にしすぎたり、礼儀・マナーをしっかりすることに気を使いすぎると、自分の本当にやりたいことや没頭できることに頭を使う余裕がなくなってしまうからです。

人が楽しく生きるために本当に大事な意識は氷山の一角の部分ではなくて、下に埋まっている潜在意識の方だと思います。
氷山の埋まっている部分は、自分自身が楽しいって思えるときに活発になる意識です。
自分自身が好きなことや没頭できること、リラックスしているときにする妄想などが当てはまります。

楽しい意識が脳内を満たしている時、人は周りの目が見えなくなります。
自分が趣味に没頭しているときや好きなものに触れている時などはどうしても「ぼーっ」としてしまうからです。
好きな漫画・アニメに熱中しているときなど、周りの人から話しかけられても聞こえないときの感じです。

自分の奥底の意識に集中しすぎると、知らず知らずのうちに人に迷惑をかけてしまったり、周りから変な目で見られることがあるかもしれません。
しかしそれは、自身が楽しむためにはある程度必要な勇気なんじゃないかと思います。

脳みそはひとつしかないので、周りの人の目を気にし過ぎれば楽しいことは考えにくくなりますし、
逆に楽しいと思えることに意識を傾ければ当然周りの目を気にしている余裕はなくなります。

くれとむ

何かの能力に特化していたり、クリエイティブなことが得意な人がどこか抜けていたり変わっていると言われることが多いのは、自分の世界に没頭して周りのことがあまり見えなくなるからだと思います。

逆に意識の表面的なところにある周りの目や礼儀・マナーなどの感情が大部分を占める人は、ミスや周りに迷惑をかけることが少なく、自分自身を制御するのが上手い人だと思います。
これはこれでとても重要な能力です。

しかし僕としては、本当に大切なことは氷山の下の方に埋まっている部分にあると思っているので、多少のミスをしたり迷惑はかけたとしても、自分の世界観を持っていてそれに没頭できるような人を魅力的に感じます。
またそういう人はユーモアがあり心の余裕を持っていることも多いのではないかと感じます。

想像力があれば物事をいろんな視点から見ることができるので、多少の困難やストレスもプラスのイメージに変える力もあるように思います。

想像力豊かな人はユーモアがある

自分の世界に没頭してやりたいことや好きなことを常に考えている人は、人を笑わせるユーモアもあることが多いです。
僕が感じたユーモアを例としてひとつご紹介します。

最近セブンイレブンの商品が底上げ容器やパッケージ詐欺などと言われて騒がれているのをご存知でしょうか。
Twitterやネットニュースではたびたびセブンイレブンの商品に関する嘆きや怒りの声が取り上げられています。


このように実際よりも中身が多く入って見せるセブンイレブンの商法にネット上では様々な批判的な意見が寄せられています。
また最近では、Youtubeでもセブンイレブンの商品についての話題が取り上げられ、そのコメント欄ではたくさんの怒りの声が挙がっています。

コメントA

こんな売り方をしているようじゃ客足が遠のくのも時間の問題だ

コメントB

もうセブンでは買い物しません。
消費者を馬鹿にしている企業は信用しません

コメントC

もう2度とセブンイレブンには行かない!

このように批判的なコメントが多い中、僕はひとつのコメントに目が止まりました。

コメントD

こち亀の両さんがやる悪どい商売みたいな、ごまかし方なんだよな
絶対にありえないと思っていた漫画的表現を現実でやるセブンはすごい

純粋な怒りを表している人が多い中この人は、一歩引いたところから発想を転換させ、ユーモアのあるコメントをして、最終的には「スゴイ」という言葉で締めくくっていました。

くれとむ

ユーモアのある皮肉で、見た人がクスッと笑えて和めるようなコメントができる想像力はそれこそスゴイことだと思いました。

おそらくこの人も自分の中の潜在意識に耳を傾けて、自分の想像力に没頭できるタイプの人なんだろ〜なと思いました。

ちゃんとしたってどうせ変

僕は何かに没頭して自分らしく生きている結果、仮に周りの人に気を回せなくなっても全然悪いことじゃないと思います。
むしろ心に余裕がなくて誰かに八つ当たりしてしまうよりはよっぽど良いです。

自分に甘い人は人にも甘いって言いますけど、多分それは自分に甘い人は想像力があって自分自身に余裕があるから人にも優しくできるのだと思います。
常に周りの目を気にして、しっかりしなきゃっていう意識が強い人ほど、自分や他人がミスしたときに強く反応しちゃうような気もします。
だからちゃんとしようとしすぎずに、自分の心の奥底に意識を傾けたって良いんだと思います。
「たまにミスして迷惑をかけてしまってもお互い様」くらいが楽な気もしますしね。

そして人間なんてどうせちゃんとしようと意識して生きたって、自分以外の誰かからしたらどこかおかしいんです。
自分からしてみればちゃんとしていることでも、ほかの人からしたら変に見えることなんて山ほどあります。

例えば僕からしてみれば、「通勤・通学で片道2時間かけて通っている人」「朝早く起きるのが得意な人」「仕事しながら勉強して大学に入学する人」「毎日10kmランニングする人」「ジェットコースターが好きな人」「20代前半で結婚して子育てできる人」はみんな変な人です。

僕の価値観では、「そんなん普通できへんやん」「なんでそんなすごいことできるん」って思います。おかしいです。変な人です。

でも実際に世の中は自分にはできないようなことや考えもしなかったことをやっている人だらけです。
僕にとっては非常識なことでも、その人にとってはそれが普通なんです。

くれとむ

もしかしたら僕がブログを10ヶ月も続けていることも、誰かにとってはおかしなことだとかもしれません。

閲覧数も対して伸びないのにそんなにブログ続けられるとか、変な人〜。

価値観や常識は人それぞれで、おんなじような生き方をしている人なんてひとりもいません。
どれだけ好感度が高い有名人でも好き嫌いが別れたり、M1グランプリの結果に賛否両論が生まれたり、みんなそれぞれ色んな意見があってこそ面白いですよね。

そんな中で周りから変な人だと思われないようにちゃんと生きようって思たってそんなの不可能です。
だったら最初からちゃんとすることを諦めて、周りの人から変に見られてもいいから自分らしく生きようとする方が得な感じがします。


この記事で最初に紹介した変なおじさんは「どうぞ」の手の形がおかしくて、僕は変わっている人だと思いました。
しかしあのおじさんは、周りに変に思われようが自分の中で好きなことや妄想に没頭できる人なんだと思います。

そんなふうに自分の心の奥に意識を傾けて、自分の好きなこと・没頭できること・やりたいことが大半を占めるような人間になりたいものです。

それでは最後まで読んでくださってありがとうございました。
ではでは。










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くれとむ
どうも、くれとむです。 料理・音楽・映画が好きな普通の社会人です。 一人暮らしの生活に関することやちょっとした小ネタを書いています。 また2020年9月から始めたインビザライン矯正についても経過を挙げていこうと思います。 見てくれた人が楽しい気持ちになるような記事を書いているのでぜひチェックしてみて下さい。